一日が始まる前のお茶

朝には、誰のものでもない十分ほどの時間がある。お湯は沸いていて、台所のほかはまだ暗く、一日はあなたに何を求めるかまだ決めていない。
以前はその十分をスマートフォンに使っていた。いまは湯気を眺めるのに使っている。
器
少しいびつな、なんの変哲もない陶器の器。何年も前に市の露店で買った。冷める前にちょうど飲み切れる量が入る。それが器にとっていちばん大事な性質なのだと、だんだん思うようになった。
湯気
低い光の中の湯気は、美しくてまったく役に立たないもののひとつだ。巻き上がり、分かれ、また合わさって、消えていく。同じことは二度としない。うまく写真に撮ることもできない。試してみたけれど、止めてしまうと何にも見えない。動いているあいだだけ、意味がある。
だからもう撮らない。器が空になるまでただ眺めて、それで十分間は終わり、一日が始まる。